「真帆が生まれた日は、高幡不動の紫陽花がとても綺麗に咲いていたんだよ」と父から言われて育った私は、いつしか紫陽花が大好きになっていました。
そんな私が「がん」であると告げられたのは16歳の時でした。1度も入院をしたことが無い私が、手術、抗がん剤、と治療を終えて退院したときには、すでに3ヶ月が経過しており、17歳になっていました。
「紫陽花が大好きでね、紫陽花を撮りに行きたいんだ」
そう友人に話したのは、高校3年生の6月。友人と紫陽花を撮りに行く、という約束を果たすため、初めてアルバイトをし、お金を貯め、カメラを手に入れました。
体調がよくなかった時期もあり、この約束を果たすまでに数年かかってしまいましたが、この写真は私にとってとても大切な1枚になりました。
紫陽花を見るたびに、大変な思いをしてきたことを思い出しますが、同時に、がんを乗り越え、やりたいことをやりたいように出来たときの嬉しさも思い出します。
友人とまた、カメラを持って出かけられますように。